健康増進型保険の登場やAIの活用など、大きな転換期を迎える生命保険業界。業界の仕組みや収益構造、主な職種といった生命保険業界の基礎知識はもちろん、就活準備に向けて知っておきたい注目トピックスをまとめました。
生命保険業界とは
生命保険業界は、生命保険の企画から販売までを手掛けている業界です。生命保険の企画・販売をトータルで担う「生命保険会社」や、生命保険会社から委託を受けて保険商品を売る「保険代理店」などから成り立っています。
生命保険とは?
生命保険とは、老衰や病気、けがなどによる「人の生死」に備えるための保険です。健康状態が近しい者同士であらかじめ保険料を出し合っておき、何らかのリスクに遭った人に分け与えるという仕組みになります。生命保険の加入によって、身近な人の病気や死亡、けがなどによる経済状況の変化に備えやすくなるところがメリットです。
日本の生命保険市場は世界有数の規模を誇っており、国民の保険加入率も非常に高いところが特徴です。損害保険などのほかの保険と並んで、生活に深く根付いたサービスといえます。
生命保険業界の代表的な企業としては、以下が挙げられます。
- 第一生命ホールディングス株式会社
- 日本生命保険相互会社
- 明治安田生命保険相互会社
- 住友生命保険相互会社
相互会社は、「助け合い(相互扶助)」の精神の下で運営されている企業です。契約者当人が「社員(株式会社における株主に近い立場)」となって会社の意思決定にかかわることができる組織形態で、国内では保険会社にのみ許可されています。
保険の分類
なお、保険は保険業法によって、第1分野・第2分野・第3分野に分類されています。
■第1分野
生命保険が該当。具体的には、以下の種類がある。
- 定期保険…被保険者が定められた保険期間内で死亡した際、保険金が支払われる
- 終身保険…被保険者の保険期間が一生涯続き、死亡した際には保険金が支払われる
- 生存保険…保険で定めた期日(満期日)まで生きていた場合、保険金が出る
- 養老保険…一定期間までの生存・死亡双方を保障する
生命保険会社だけが引き受ける(保険契約の当事者になる)ことができる。
※保険の販売は、保険代理店や銀行などを通じて行われることもある。
■第2分野
損害保険が該当。思わぬ事故や災害によって被った損害を補償する保険であり、損害保険会社だけが引き受けることができる。自動車保険や火災保険、地震保険などが該当する。
■第3分野
生命保険、損害保険のどちらにも該当しない保険。がん保険、医療保険、介護保険などが代表的で、生命保険会社と損害保険会社のどちらでも引き受けることができる。
損害保険業界について詳しく知りたい方は、下記ページもご覧ください。
損害保険業界とは?業界の概要・動向・トレンドを解説【業界研究】
生命保険業界のビジネスモデル
生命保険業界がどのように収益を上げるか、生命保険はどのように販売されているかについて解説します。
生命保険業界の収益構造
生命保険業界の主な収益源は、契約者から集めた保険料です。ただし、保険料は契約条件に応じて契約者に払い戻す必要があるため、保険料全額がそのまま生命保険会社の利益になるわけではありません。
具体的には「三利源(さんりげん)」と呼ばれる、以下の3つが保険会社の収益になります。
それぞれの特徴を見てみましょう。
- 危険差益(死差益)
保険会社は一定の契約条件を満たした契約者に対して、保険料を払う必要があります。ただ、実際には保険会社の予想よりも死亡者(生存者)が少ないなどの理由で、支払う金額が少額で済むケースも珍しくありません。
この「予想よりも契約者への支払いが少なかったとき」に生まれるのが危険差益(死差益)であり、保険会社の利益になります。
- 利差益
生命保険会社は、契約者から預かった保険料を資産運用によって増やし、還元する役割も持っています。「預かった資金の運用でこれくらいの利益が見込めるだろう」という予測(予定利率)に基づいて、保険料もあらかじめ割引されていることが多いです。
そして、投資によって事前に予想していた利益を上回る成果が出た場合は、上振れた分が保険会社の利益になります。これが「利差益」です。
- 費差益
生命保険会社の経営には、人件費や広告費、システム運用費といったさまざまなコストが必要です。生命保険の保険料はこういった経営コスト(予定事業費率)も考慮して決められているため、想定よりも経営コストが安く済んだ場合は、その差額が保険会社の利益(費差益)となります。
販売チャネル
生命保険会社の販売チャネルには、営業職員による「対面販売(訪問販売)」、インターネットや直営店舗を通じた「直接販売(直販)」、「保険代理店」、「保険ショップ」などがあります。
大手各社が長らく重視してきたのは「対面販売(訪問販売)」ですが、近年ではインターネットの発達により、オンラインから生命保険に加入する人も増加しています。加えてAIによる保険提案サービスなど、最新のIT技術を生かしたサービスも成長中です。今後も顧客のニーズに合わせて、販売チャネルの多様化が進んでいくことが予想されます。
生命保険業界の主な職種と仕事内容
生命保険業界には、保険商品の提案を行う営業職をはじめとして、さまざまな仕事があります。主な職種と仕事内容をまとめました。
営業職
一人ひとりのライフスタイルや将来の希望に合わせて、ぴったりの保険商品を提案する仕事です。自分からアポイントを取って顧客を増やす「新規開拓営業」や、すでに契約しているお客さまを定期的に訪問する「ルート営業」などがあります。将来への備えとなる保険を提案する仕事だからこそ、信頼関係を築くコミュニケーション力や、相手に寄り添う姿勢が必要です。
商品開発
保険商品の企画・開発を行う仕事です。社会の変化や新しいリスクに目を向け、「今どんな保障が求められているか」を考えながら、時代に合った保険商品を開発していきます。既存商品の保障内容を見直し、より世の中のニーズに沿うよう改定していくことも大切な役割の一つです。
アクチュアリー
アクチュアリーとは、確率や統計学などに基づいて「事故や病気といったリスクが起こる確率」を予測し、適正な保険料の算定などを担う専門職です。保険金の支払いに備えた責任準備金(社内で積み立てておく資金)の算定も含めて、会社全体のリスク管理も担っています。
なお、アクチュアリーとして働くには、「日本アクチュアリー会」が実施する資格試験に合格し、正会員になる必要があります。
資産運用(運用部門・金融専門職)
市場の動向を分析しながら、最適な資金運用を行います。資産運用の原資は契約者から集めた保険料となるため、損失をできるだけ出さないことが前提です。近年注目されているESG投資(※1)の視点なども取り入れながら、安定的に資産を運用していく姿勢が求められます。
(※1)Environment・Social・Governanceの頭文字を取った言葉で、環境・社会・企業統治に配慮した企業を重視する投資手法
バックオフィス
事務・企画・人事・経理といったバックオフィス業務を通して、会社の運営を支えます。顧客情報の管理システムの改善や、社員の福利厚生の見直しなど、業務効率化や労働環境の刷新にかかわることもあるポジションです。
生命保険業界の現状と課題
日本の生命保険市場は、グローバル市場と比べても上位に入るほどの一大市場です。国民の生命保険加入率も年々減少傾向にあるものの、依然として8割近い数値を維持しています。今後も生命保険は万が一に備えるためのセーフティネットとして、一定の需要が見込める業界といえるでしょう(※2)。
(※2)出典 :公益財団法人 生命保険文化センター「2025(令和7)年度「生活保障に関する調査」(速報版)」
一方で、業界として下記のような課題もあります。
少子高齢化
昨今は少子高齢化により、保険金の支払いが必要になりやすい高齢者が増える一方で、若年層の加入率が減少するという構図が進んでいます。今後は支払い負担の増加も予想されることから、各社は保障内容や商品設計の見直しなど、バランスを保つための対策を急いでいます。
若年層の生命保険加入率の低下
若年層の生命保険加入率がやや低下している原因は、少子高齢化だけではありません。物価高などの金銭的理由から保険加入を控える人も多く、業界の課題になっています。
また、「生命保険に入るメリットがよくわからない」「加入がなんとなく面倒」といった、保険そのものへの関心の薄さも懸念点です。各社は保険への理解を深めてもらえるようなアプローチや、若者に関心を持ってもらいやすい保険商品の開発などを通して、若年層の獲得を目指しています。
生命保険業界の注目トピックス
最後に、生命保険業界に興味がある学生が知っておきたいトピックスをご紹介します。
健康増進型保険がシェアを伸ばす
近年注目を集めているのが、「健康であればあるほど保険料が安くなる」という健康増進型保険です。ウェアラブルデバイス(スマートウォッチなど)で日々の生活習慣を記録することで、健康状態に応じた保険料の割引などを受けられます。
こうした保険は加入者の健康意識を高めるだけでなく、保険会社にとっても病気や死亡リスクの低下が期待できるメリットがあります。新しい保険の形として各社が関連商品を開発するなど、今後も注目が集まる分野です。
AIによる業務効率化・顧客対応の高度化が進む
昨今のAIの発達を受けて、AIによる契約審査・保険金査定・営業支援システムなどを導入する生命保険会社が増えています。AIの活用によって業務の効率が上がるほか、顧客に対して迅速かつ的確なサービスを提供できるようになるところが大きなメリットです。
なお、AIによる保険商品の提案サービスも登場していますが、「人間の営業」の需要は引き続き存在します。今後はルーティン化しやすい契約手続きなどの作業をAIが担当し、お客さまの気持ちに沿った提案やコミュニケーションを要する場面を人間が担当するというように、分担しながら効率化を図っていくようになるでしょう。
まとめ
生命保険業界の特徴やビジネスモデル、業界動向などについてご紹介しました。生命保険業界は、万が一に備える「相互扶助」の仕組みに支えられてきた歴史ある業界です。ライフスタイルの多様化によって生命保険へのニーズも変化していますが、需要は引き続き高い業界といえるでしょう。
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東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。新規事業やマーケティング、組織活性化など企業の成長を幅広く支援。従来の業界の区分が曖昧になり、変化が激しい時代の中で、ビジネスの今と将来を読むために、さまざまな情報の多角的・横断的な分析を実施。
※文中の社名・所属等は、取材時または更新時のものです。
