これが私の仕事 |
世の中で起こるあらゆる出来事を取材し、記事にする新聞記者 山形新聞は県内に12の支社があり、各記者が担当自治体の情報をくまなく収集しています。私は南陽支社に所属し、南陽市と高畠町の2自治体を受け持っています。イベントから議会、スポーツ、経済、事件・事故まで、持ち場で起きる全てのことが取材対象です。例えば2019年10月に発生した台風19号による豪雨被害の取材では、河川の越水で道路冠水や住宅浸水が相次ぐ現場を駆け回りました。「今この瞬間を記録に残さなければ」との一心で現場の様子をカメラに収め、被害に遭った住民から話を聞き、記事にしました。被害の大きさを伝えたことにより、国や県が支援に動いてくれたことが何よりうれしかったです。「地域のため、県民のため」を常に意識しながら仕事しています。 |
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だからこの仕事が好き! 一番うれしかったことにまつわるエピソード |
「あなたが書いてくれた記事が一番素晴らしかった」と言ってもらえた 担当する高畠町は、農薬や化学肥料を使わない「有機農業」が盛んな地域です。そのリーダーであり、日本の有機農業の草分けとされる男性(85)が出版した自叙伝を2019年夏、取材しました。その頃は有機農業について全く知識がなく、80年の人生をうまく記事にまとめられるか不安な気持ちでいっぱいでした。有機農業を一から勉強したのはもちろん、453ページの自叙伝を何度も読み返しては付箋やマーカーで印を付け、男性が最も伝えたいことはなにか、どうすれば読者に伝わるかを考え続けました。男性には他の新聞社やテレビ局からも取材がありましたが、記事の掲載後、男性から「あなたが書いてくれた記事が一番素晴らしかった」と言ってもらい、とてもうれしかったです。多くの人の人生に関わることができるのは、記者の醍醐味だと思います。 |
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ズバリ!私がこの会社を選んだ理由 ここが好き |
大好きな山形で働ける、憧れの新聞記者になれる 私は神奈川県出身ですが、両親が山形県出身だったこともあり、幼い頃から山形の祖父母の家に帰省するのが何よりの楽しみでした。豊かな自然やおいしい食べ物、家族のような近所付き合いが原風景となり、いつしか「これからの人生は山形で暮らしたい」と思うようになりました。大学では少子高齢化などの地域問題を実際の現場に赴いて調査し、世の中にまだ出ていない事実を自分の視点で掘り起こすことの楽しさを知りました。「自分の好きな場所で好きな仕事をできる」ことが、山形新聞を選んだ一番の決め手です。 |
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これまでのキャリア |
前職:地域新聞で編集記者と広告営業(1年間)→当社へ転職:本社報道部(約半年)→南陽支社編集(約4年)→本社報道部(約1年半)→(現職:2023年度で6年目) |