これが私の仕事 |
ためになるニュースを伝えるために福島県内を駆け巡ります! 現在は県警担当として主に事件・事故を取材していて、誰よりも一番に現場に向かう、そして冷静に取材することが求められています。悲惨な事件・事故を伝えることは、同じような経緯で犠牲になる人を出さないためにも大切なことだと考えています。
一方で「花が見ごろを迎えた」など季節の話題から高校野球などのスポーツまで、幅広く取材します。多岐に渡るテーマを取材できるのはローカル局ならではの醍醐味です。
東日本大震災はもちろん、第二次世界大戦の終戦や沖縄返還50年などといった史実で、福島県内にも関わる特集を積極的に提案して、いくつも担当させてもらいました。
県警担当として、事件・事故の報道は「他社よりも早く、そして詳しく」を心がけ、報道記者として、多くの人に知ってもらいたいことと向き合い、伝え続けていきます。 |
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だからこの仕事が好き! 一番うれしかったことにまつわるエピソード |
「川上さんが取材してくれて良かったです」との言葉をいただいたこと 毎年中テレでは東日本大震災の特番などを放送していて、私も入社2年目に企画を提案して担当することになりました。取材対象者は自分と同い年で、原発事故の影響で元の生活を取り戻せずにいる人でした。県外出身の自分は知らずにいたことが多くありましたが、取材対象者と話を重ねるほどに想像しえない体験があったことを思い知りました。だからこそ、その方がどうにか希望を見出して、復興へ、前へ進む姿を多くの人に知ってもらいたいと思い、何か月にも渡って取材しました。放送後、その方には連絡が取れなくなっていた同級生などからも連絡がきたそうで、「川上さんのおかげで、初めて3月11日を晴れ晴れしい思いで過ごせました」と話してくれました。
「伝えることで誰かの思いを動かしたい」と報道を志した自分にとって、忘れられない言葉です。 |
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ズバリ!私がこの会社を選んだ理由 ここが好き |
中テレの「チャレンジ推奨の風土」と、面接で感じた「刺激的な直感」 私は就活を始めた時からマスコミ志望でした。
福島県外出身ですが、東日本大震災と原発事故のあと、父が何度も福島へボランティアをしに行っては、その度に現地の様子を聞かせてくれたことで、自然と福島県も就職先の選択肢になっていました。
自分が就活していたのはコロナ禍が始まった頃で、次々と非接触型イベントを県民に向けて打ち出す中テレが際立っていて、「この会社攻めてるな」というのが第一印象です。面接中、面接官の社員にそのことを尋ねると「できないと最初から諦めるのではなく、与えられた環境でできることを常にみんなで模索するのが中テレなんです」という回答を受けて、「中テレなら退屈な日々はないはずだ」と感じたのを覚えてます。
今、仕事を通じて充実した日々を過ごせているので、あの時の直感を褒めたいです。 |
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これまでのキャリア |
2021年4月~ 報道局報道部
2023年4月~ 報道局福島報道部 |