能代市
ノシロシ
2026

能代市

能代市/能代市役所
業種
公社・官庁
本社
秋田

私たちはこんな事業をしています

【SPIとOpen-ESで受験スタート】
 能代市では「SPI3」の適性検査により1次選考を行います。
 民間企業と同様の受験形式で選考を受けていただけます。

■1次試験
 「OpenES」と「SPI3」での選考

■2次試験
 論文試験、職場適応性試験、個別面接で実施予定

当社の魅力はここ!!

事業優位性

自然と都市機能を併せ持った豊かなまち「能代」

バスケットボールの全国大会で優勝回数58回の記録を持つ能代工業高校の印象が強い能代市。世界自然遺産の白神山地や、それに連なる山々、夕陽を鮮やかに映し出す日本海に代表される自然豊かな地域です。白神山地を源とする清らかな水を利用した米や野菜の栽培が盛んで、実はブランド化している「白神ねぎ」(当市には「ねぎ課」もあります!)は全国的にも評価が高く、この地を代表する農作物です。豊かな自然・資源に加え、数年後には高速道路も全線開通予定となっているほか、洋上風力発電の商用運転がスタートし、エネルギー港湾として発展している能代港と相まって、産業振興、物流、観光拠点として期待が高まっている注目の都市です。

戦略・ビジョン

国内初の大規模「洋上風力発電」産業振興も盛んな能代

国のエネルギー政策の転換により、再生可能エネルギーの普及促進が加速されている中で、能代市では風況の良さから、国内有数の風力発電の適地として洋上及び陸上風力発電事業が進められています。2022年12月には能代港で日本初の大規模な商用の洋上風力発電事業として、商業的な運転が開始されました。現在稼働している33基とは別に、2030年までに103基の風車建設も予定されており、国内のエネルギー政策の根幹を担う次世代エネルギー事業として、大きな役割を期待されています。

魅力的な人材

「意欲にあふれ、信頼される、元気な職員」の実現

社会構造の変化が加速し、行政ニーズも多様化していく中で、地方自治体を取り巻く状況も変化し続けています。能代市職員には、地方自治の本旨に基づき、一人ひとりが地域における行政を自主的かつ総合的に担う限られた重要な存在であることを自覚し、まちづくりの基本理念である「幸福共創」の実現に向けて、「真摯」に取り組み、果敢に「挑戦」し、「協力」し合うことが求められています。市の人材育成基本方針では、「意欲にあふれ、信頼される、元気な職員」をめざす職員像に掲げ、その実現に向けて、人材マネジメントの手法を取り入れるとともに、人間性の尊重とキャリアデザインの視点から職員の育成を進めています。

会社データ

事業内容 ~みんなでつくろう”わ”のまち能代~

【基本構想(平成30年度から10年間)の概要】

◆まちづくりの基本姿勢◆
「真摯」 私たちは、ふるさと能代に誇りを持ち、更なる一歩を進める気概で、真摯に取り組んでいきます。
「挑戦」 私たちは、能代市の可能性を信じ、勇気を持って、果敢に挑戦していきます。
「協力」 私たちは、対話を大切にし、ともに協力して、希望ある将来を築いていきます。

◆まちづくりの基本理念◆
「幸福共創」
“こころ”の豊かさ、“からだ”の豊かさ、“もの”の豊かさを実感できるふるさと能代を目指して、幸せをともに創っていこうとする考え方です。

◆将来像◆
 「“わ”のまち 能代」
この将来像は、次の3つの“わ”によるまちを実現しようとするものです。
◇健やかで感謝と思いやりにあふれる
  人と人との“和” によるまち
◇特色ある地域の環境を最大限に活かす
  地域資源で活力を生む“環” によるまち
◇地域の誇りと生活の基盤を将来へ引き継いでいく
  未来へつなぐ安心の“輪” によるまち

◆基本目標と政策◆
(1)元気で魅力あるまち(地域づくり・健康づくり) 4政策
   ◇地域資源を活かした特色あるまちづくり ほか
(2)笑顔で人が輝くまち(人材育成・生涯活躍) 5政策
   ◇地域や社会で支える子ども・子育て ほか
(3)豊かで活力あるまち(産業振興・雇用創出) 5政策
   ◇地域特性を活かした産業創出 ほか
(4)安心で暮らしやすいまち(生活環境・行財政) 6政策
   ◇安全な暮らしを守る防災・防犯体制 ほか
                            計 20政策
設立 平成18年3月21日 市制施行
職員数 449名(2024年3月末時点)
予算規模 317億5千8百万円(令和5年度一般会計当初予算額)
代表者 能代市長 齊藤滋宣
人口 48,135人(2024年2月末時点)
市の施設 能代市役所(本庁舎)
二ツ井町庁舎
地域センター・出張所
保健センター
農業技術センター
図書館
ほか市内公共施設
沿革 ●能代市の沿革

【古代】
・斉明4年(658年)、阿倍比羅夫(あべのひらふ)が渟代(ぬしろ:能代の古名)に来航した。
・奈良時代宝亀2年(771年)、渤海国の使節が17隻の船で野代(能代)に漂着した。

【中世】
・1400年代後半、安東(あんどう)氏が檜山城を築き、戦国大名として県北一帯に勢力を築く。
・天正19年(1591年)の太閤検地では、ひいの村、とひね村、にふな村、こかけ村、種村、梅内村などが見られ、現在の集落に近い形態が整っていた。
・1600年代初頭、佐竹藩(秋田)が野代に木材移出の役所を設置。大坂・瀬戸内海・北陸の廻船が来航した。1700年代に西廻り航路が盛んとなって、北前船が能代から木材や銅 を大坂・長崎などに運んだ。能代の廻船業者も活躍した。
・元和2年(1616年)、延長12kmに及ぶ岩堰用水によって比井野・薄井の開田が行われる。藩の林政改革により、今に伝わる秋田杉美林の土台がつくられる。
・元禄7年(1694年)、宝永元年(1704年)に大震災にあい、それまでの「野代」は野に代わると読まれ縁起が悪いということで、能(よ)く代わるの「能代」に改称した。

【明治】
・明治9年(1876年)、比井野村と薄井村が合併して二ツ井村となる。
・明治22年(1889年)、市町村制実施により「能代港町」となる。
・明治35年(1902年)、町制を施行し「二ツ井町」となる。
・水戸の井坂直幹(いさかなおもと)(1860年~1921年)が機械製材技術を導入、秋田木材株式会社を設立し東洋一の規模を誇った。木材産業の発達とともに木都能代の名が知れわたる。

【昭和】 
・昭和15年10月、能代港町と2村(東雲村、榊村)が合併し、県内では秋田市に次いで市制を施行。その後、17年に1村(扇淵村)、30年に1町3村(檜山町、鶴形村、浅内村、常盤村)とも合併した。
・昭和30年3月、二ツ井町と3村(種梅村、荷上場村、富根村)が合併、同年12月に1村(響村)と合併し、33年2月に能代市の一部を編入した。
・昭和24年と31年の二度にわたる大火、昭和47年には米代川堤防決壊による洪水、また、昭和58年の日本海中部地震と災害がたび重なる。
・昭和54年に石炭火力発電所の立地が決定。56年に能代港が重要港湾に指定された。

【近年は…】
・能代工業高校バスケットボール部はこれまでインターハイ、国体、高校選抜の全国大会で58回の優勝を果たす。市では「バスケの街づくり」事業を推進し、スポーツを通して街の活性化を目指す。
・平成5年に能代火力発電所が営業運転を開始。翌年には2号機が稼働した。
・平成10年にあきた北空港(大館能代空港)が開港、13年に能代港4万トン岸壁が供用開始。14年に琴丘能代道路が開通し、高速自動車道により首都圏と直結した。
・平成18年3月21日に山本郡二ツ井町と合併して、新「能代市」となる。
・平成18年12月に能代港が総合静脈物流拠点港(リサイクルポート)に指定された。
・平成20年3月に能代市総合計画が策定され、「みんなでつくる“わ”のまち能代」をキャッチフレーズに、各種施策や事業を展開した。
・平成24年3月21日に能代市民憲章及び能代市の花「桜(さくら)」、木「黒松(くろまつ)」「秋田杉(あきたすぎ)」、鳥「雉(きじ)」を制定した。
・平成29年1月4日に能代市役所新庁舎で業務を開始した。
・平成29年6月9日に野呂田芳成さん、加藤廣志さん、小野 喬さん、山田久志さんの4人に市民栄誉賞を授与した。
・平成30年3月に第2次能代市総合計画が策定され、将来像を「“わ”のまち能代」とするとともに、まちづくりの基本姿勢に「真摯」「挑戦」「協力」、まちづくりの基本理念に「幸福共創」を掲げた。
・令和2年3月に能代火力発電所3号機が稼働した。
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