株式会社エキサイト
エキサイト
2022

株式会社エキサイト

独立系ハウス/ソフトウェア/開発・保守/IT/農業IoTシステム
業種
ソフトウェア
本社
宮城
インターンシップ・1day仕事体験の評価(-件)
総合評価 - 評価が高い項目 -

私たちはこんな事業をしています

当社は下記4つの分野で横断的な技術サービスを提供するシステムインテグレータです。
■「つなぐ」通信ネットワーク技術 
■「ささえる」基盤系システム構築技術 
■「つくりだす」組込ファームウェア技術 
■「みきわめる」画像処理技術 

東日本大震災以降、農業IoTシステムも開発。
亘理のいちご農家と協同しながら、作物の生育状態を見守るシステム「たもつくん」を商品化しました。

当社の魅力はここ!!

企業理念

「技術習得が見込める業務」を優先!だから、社員も成長できる!

当社では、業務を選択する際、「高い収益が見込める業務」や「安定成長が見込める業務」よりも、なるべく「技術習得が見込める業務」を優先しています。これは設立時の理念、【全員がそれぞれの担当分野において高度なスキルを持ったプロ集団を形成すること】に基づいています。当社は、「通信ネットワーク」「組込ファームウェア」など4つの分野において、一つに特化するのではなく各分野のエキスパートを育てることで、お客様に対し高い技術を提供しています。社員の中には、自身のキャリアステップのために異なる分野へキャリアチェンジする者も。自社内で、自分の理想に向かって様々な技術を習得できるのも、当社ならではの魅力です。

社風・風土

仕事を楽しみながら成長しよう!

2001年の創業以来、当社は、「独立系ソフトウェアハウス」として成長を続けてきました。(創業エピソードは、このページの下部【Profile】よりご覧頂けます!)創立時のコンセプト、「全員が高度なスキルを持ったプロ集団を形成する」を実現するため、人材育成に注力。入社前から先輩社員をメンターとして付け、困ったことはいつでも相談できる体制を整えています。入社後は、実務(OJT)での社員の計画的なスキルアップ、キャリアアップをローテーションに基づき実現。楽しみながら働くことで社員自身も満足し、結果的に会社の利益に繋がる。こういう環境で自己を実現し、成長して欲しいと願っています。

社風・風土

【プロ意識】×【仲間意識】で、最強の技術者集団へ!

先述の通り、当社は社員の育成に注力していますが、各々がエキスパートになればそれでいい、という考えではありません。やはり、切磋琢磨した先に成長や達成感があるもの。社員が、仲間意識を高めながら成長できるよう、職場環境づくりも大切にしています。例えば、全社員が参加する勉強会や懇親会、技術発表会などがありますが、特に技術発表会は、仙台本社と東京事業所の社員が皆で温泉に一泊。その中で、各自が今までの業務内容や今後の取り組みなどを発表することで、お互いに刺激を与えあいます。

会社データ

事業内容 [主に次の4つの技術を提供しています]

1.通信ネットワーク技術
  ・スマートフォンアプリケーション開発
  ・基幹業務アプリケーション開発
  ・個別業務アプリケーション開発

2.基盤系システム構築技術
  ・サーバー環境構築、保守、調整
   (UNIX、Linux、Windows等)
  ・データベース環境構築、保守、調整
   (Oracle、DB2等)
  ・ネットワーク環境構築、保守、調整

3.組込ファームウェア技術
  ・車載機器内蔵のシステム開発
   (C、C++、RTOS等)
  ・駅務機器(AFC)システム開発
  ・情報家電機器内蔵のシステム開発

4.画像処理技術
  ・農業IoTシステム「たもつくん」開発
  ・画像処理組込ソフトウェアの開発と事業化プロジェクト
   (戦略的技術基盤高度化支援事業)
  ・映像投影システムの研究・開発
設立 2001年 9月 4日
資本金 1,000万円(100%自己資本金、無借金経営)
従業員数 43名
売上高 3億0200万円(2019年8月実績)
2億8500万円(2018年8月実績)
2億9400万円(2017年8月実績)
2億7800万円(2016年8月実績)
2億6800万円(2015年8月実績)
代表者 代表取締役 大西 克平

事業所 本社:〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町1-6-9 マニュライフプレイス仙台7階
東京事業所:〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町1-7-10 ツカコシビル2階
平均年齢 32.8歳(社員)
沿革 2001年 9月 名取市(宮城県)に自己資本金にて株式会社エキサイト設立
2001年 9月 仙台市青葉区上杉に仙台事業所開設
2001年11月 東京都中央区に東京事業所開設
2002年 1月 特定労働者派遣事業登録
2003年12月 全国情報サービス産業厚生年金基金に加入
2004年 9月 仙台事業所を移転し本社とする
2005年11月 宮城県情報サービス産業協会に加入
2006年12月 東京事業所を東京都中央区日本橋に拡張移転
2008年 4月 みやぎ組込み産業振興協議会に加入
2010年12月 本社を開発環境整備の為移転
2011年 6月 仙台商工会議所に加入
2011年12月 戦略的基盤技術高度化支援事業採択
2015年 7月 大阪科学技術館に「マジカルカード」納入
2015年 7月 ISMS認証取得
2018年 1月 労働者派遣事業許可(派04-300304)
2018年 4月 農業IoTシステム「たもつくん」販売開始
◆代表 メッセージ 学校の勉強は、探せば答えがどこかに転がっているかもしれません。
一方、社会に出ると、仕事の答えは自分自身で導き出さないといけません。
その答えは人によって千差万別です。
でも本当の最適解は一つなのです。
この解を導き出すのに必要なのは哲学です。
仕事を通じて己の哲学を培ってください。

ソフトウェアハウスは以下の3つに大別出来ます。

1.メーカー系
コンピュータを作っているメーカーの系列子会社を指しますが、最近はメーカー自体もソフトウェアハウス化しています。
又、コンピュータを作るのをやめてしまったメーカー?もあります。

因みに、パソコンは此処で言うコンピュータに含まれていません。
何故なら、今となってはパソコンは汎用部品を組合せた日用品(コモディティー)だからです。

2.ユーザー系
エンドユーザー企業と親子関係の子側の会社を指します。
親会社の仕事を専門にする会社と親会社以外の仕事も積極的にする会社があります。

前者の場合、当然ですが仕事内容が専門的になる傾向があります。

3.独立系
メーカーやユーザーの系列に属さない会社です。
企業規模、業務内容、経営方針等は千差万別ですが、何処の仕事をするか、何の仕事をするかは自由です。

当社は、3.の独立系で、なおかつ規模の小さい会社です。
しかしいつまでもこのままではありません。

大量採用を繰り返し、単に組織を肥大化させても中身が充実していなければ何にもなりません。
・人を採用し、組織を大きくすること
・売上を増やし、利益を上げること
・人を教育し、人材を育てること
この3つをバランス良く行うことが肝心ですが、機は熟しつつあります。

当社は皆さんに仕事を通して「自己実現」の場を与えます。
そこで活躍し、成長し、そして貢献してください。
当社はより大きく成長し、皆さんに応えていきます。
Profile    ◆幼少時

東京で生まれ、物心ついた頃には大阪にいました。

小さい頃はいたずら好きな、ヤンチャな子供で、釣り、プラモデル作りが大好きでした。

1970年には、吹田市で大阪万博が開催されました。
会期は3月15日からの半年間だったと思います。

当時吹田市内の小学校に通っていた私は、開催前日の3月14日が招待日であり
一般の入場は出来ないことを聞きつけました。
あれだけ大きな会場なので、どこか警備の手薄な所から潜り込めるのではないか?
そう考えたら、すぐに行動に移していました。
当日は、土曜日で午前で学校は終わりでした。
その後、友人数名を誘い、自転車で会場へ向かいました。
果して、目論見は適中し、見事に会場内に忍び込めました。

幼いながらにすごい熱気を感じました。
「これから日本は成長していく。」そんな高揚感を覚えました。  

◆高校生活

中学時代は英語、数学、理科などキチンと答えが出る科目が好きでした。

新設高校に2期生として入学しましたがつまらない悪さをして停学処分になり心を改めてラグビー部に入部。
スクラメジャーとして持ち前の脚力と持久力を発揮しました。
この仕事に入ってからも、休日出勤や残業などハードな仕事をこなしてきましたが体力には自信があります!
今でも肺活量は5,000CC近くあるのでは?

高校では、勉強はほとんどせず、麻雀ばかりしていました。
先生や親の言うことを聞かない扱いにくい高校生だったと思います。

◆大学生活

そんな訳で何とか関西の私立大学に入学しましたが、学校には全く行かず、
アルバイト、パチンコ、麻雀と酒に明け暮れていました。
当時1ヶ月の飲み代が30万円…
全て自分で稼いだお金でした。

アルバイトでは社会人になってから恐らくやらないと思う仕事にチャレンジしました。
その数ざっと20種類

飲食店のウェイターやバーテン、生駒遊園地でのガードマン、
展示会での説明スタッフ、サラ金のマッチ配り、コンサート警備、
麻雀荘では店をネグラにしての店員兼メンバー、パチプロ
内装業では天井張りの仕事をし、持ち前の器用さを発揮し本職の人よりもキレイな仕事をしていました。
春休みには、自衛隊基地やリニアモーターカー試験場の仕事で九州全県行脚も経験しました。

バイトとは言え、どれも一生懸命取り組みました。

大学3年生の頃は、本気で麻雀のプロを目指していました。
麻雀の月刊誌でプロの手筋を研究し、競技会等に参加したり、東京まで出掛けフリーの麻雀荘巡りもしました。
当時、自分が上がった時は勿論ですが、相手が上がった手牌を見た瞬間に点数が計算できました。
恐らく1秒と掛からなかったと思います。
皆が指を折りながら点数を計算しているのを遅いな~と思って見ていました。
◆社会人への道

プロの麻雀士を目指していたものの、所詮、運に左右される世界。
プロとして生活出来るのは麻雀タレント等の限られたごく一部の人に過ぎません。
プロになるのをあきらめて、5年掛かって大学を卒業。

埼玉県の知り合いの会社に就職し、営業と事務の仕事をしましたが放漫経営に疑問を感じ、程なく退職。
知識も経験も何もなかったがコンピュータソフトウェアの世界に魅力を感じ、
自分の可能性を試してみようと思い東京の独立系ソフトウェアハウスに中途入社。

ここから私の本当の社会人生活が始まりました。

当時コンピュータは世間に馴染みの無い存在でした。
私はそれまでキーボードに触ったことも有りませんでした。
コンピュータの仕事は余程頭のよい人がやるものと思っていました。
でも、実際入ってみるとそうでもないということがすぐに判りましたが…

元々何の仕事をしても人より上手にやれると言う、変な自信がありました。

3年で1番になってやろう。
そんなことを考えているナマイキな新人でした。  

◆ソフトウェア業界との出会い

そんな未知のソフトウェア業界に飛び込み一から勉強を始めました。

コンピューターは1と0の数字の世界。
ソフトウェアの仕事は1(出来た)か0(出来ていない)の厳しい世界。
高い品質が要求され、ごまかしがきかない世界です。

入社してからは、思いっきり働きました。

製鉄、原子力発電、石油基地等いろいろな業界のシステムに携わり、現地調整等を経験。
その後、金融関連システムを担当。

仕事は難易度の高い仕事や、工程が厳しくて皆がやりたがらないような仕事を選んで担当していました。

流石に3年では無理でしたが、4、5年すると同年代の技術者の中で、技術力だけでなく、
タフネゴシエータとしても、トップクラスの実力を身につけていたと思います。

リース会社のシステムではメーカーSEとしてユーザーサポートを担当。
生命保険会社では新しく導入される「変額保険」の海外パッケージの日本向けポーテーションを担当。
お客様と一緒になって分析・設計から行いました。
英文ドキュメントとソースプログラムに差異が多く、ハードな仕事でしたがやりがいもたくさんありました。

そこで知り合った人たちは今でもつながりのある、すばらしい財産となっています。

◆一路仙台へ、試練の時

29歳で結婚を機に、仙台へ。
中堅ソフトハウスの仙台事業所に一技術者として転職。

すぐに地元企業のシステム開発商談があり、見積を行いました。
私の計算では40人月程度の工数がかかる見積でしたが、
中々開発予算が折り合わず、おかしなことに、会社が約半分の工数で受注。
システム自体は期限どおりに作ってキチンと納品しましたが、結局は大赤字。
仙台市場の小ささや、商売のやり難さを痛感しました。

その後社内のごたごたから、急遽事業所長として、営業、管理、技術の全てを任されました。
それまで、技術職専門で営業経験など全くなく、営業のやり方を教えてくれる人もいない。
経験不足の部下達、高い売上・利益のノルマ…
四面楚歌というか孤立無援という状態でした。

東京と受注単価の異なる仙台で、採算を上げ、営業・管理・技術の3つをたった一人で行うことは、並大抵の努力では出来ません。
私も悩み、迷い、苦しみました。
その結果最適解を見つけることが出来ました。

営業所員10名足らずの体制から、徐々に組織を大きくし、最終的には約80名の所員を統括。
売上も、利益も、高い数字をあげることが出来ました。

でも私が最適解と思っていたものは本当の答ではなかった。
売上・利益を偏重し、社員数を急激に増やしたが、技術がなおざりになってしまっていました。
全社で300名強の組織は形骸化し、古参幹部の考えはバラバラでベクトルが定まらない…

平社員で入社し、ナンバー2にまで駆け上がったが、オーナーの経営方針に馴染めず、嫌気が差して退任。
一念奮起し、理想を実現すべく当社を起業しました。  
採用実績校 会津大学、秋田大学、一関工業高等専門学校、茨城大学、岩手大学、宇都宮大学、高知工科大学、芝浦工業大学、首都大学東京、仙台電波工業高等専門学校、筑波大学、筑波大学大学院、鶴岡工業高等専門学校、東京海洋大学、東京工業大学、東京工業大学大学院、東京大学、東北学院大学、東北工業大学、東北大学、東北大学大学院、東北電子専門学校、東北福祉情報専門学校、日本工業大学、日本大学、福島大学、宮城教育大学、宮城工業高等専門学校、宮城大学、明治大学大学院、山形大学、石巻専修大学、横浜市立大学、大正大学
月平均時間外労働時間 8.4時間 (2019年度実績)
平均有給休暇取得日数 10.2日 (2019年度実績)
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