株式会社橋本商会
ハシモトショウカイ
2021
業種
商社(機械)
本社
長崎

私たちはこんな事業をしています

(株)橋本商会は、1872年に洋鉄を中心とした製品の輸入により、よろず金物商として出発し、常に時代のニーズに合わせてその業態を作り上げてきました。現在は経営の多角化をはかり、「技術情報商社」として新たな展開をしております。『excelsior(より高く)』というモットーのもと、単に商品を流通させるだけでなく、時代のニーズに応えられる技術的なノウハウを武器とし、顧客に対して提案を行える商社として成長をめざします。

当社の魅力はここ!!

企業理念

技術情報商社として安定した経営基盤を築いています。

明治5年に創業した当社。 初代は、トーマス・グラバーからサルベージ技術を学び 、大型沈没船引き上げで大成功をおさめ、その後「よろず金物商」として 洋鉄類の輸入販売を行ったことから始まります。 現在は、官公庁や三菱重工業、三菱電機等を主要取引先として、生産設備機器からコンピューター関連、 ビル設備機器、電気・空調設備等の多種多様な製品・情報・技術を提供。 また、不動産事業によって安定した経営基盤も構築、 15年連続の経常黒字を達成しています。

施設・職場環境

【2022年に150周年を迎えます】当社の発展は長崎の街とともに~

長崎にある企業の中でもその歴史は古く、激動の時代といわれた明治の文明開化期なども長崎の街と一緒に発展してきました。トーマス・グラバーや孫文、大村お慶など歴史の教科書に登場するような当時の商人とも交流があり、社史を紐といてみますと、歴代の社主はそれぞれ時代の移り変わりに敏感で、弊社の軌跡は「企業変身の歴史」だったように感じられます。以来、業容を時代に適応させながら経営の多角化を図り、戦後は、原爆で荒廃した中から「鉄の橋本」として復活し、激動の時代を乗り切って参りました。そして、その姿勢は今も変わらず、日々時代に合わせて私たちも柔軟に変わり続けます。私達は、日々学び、成長しつづける企業です。

社風・風土

成長をめざす ~人の成長がすべてのもと~

当社がこれほどまでの長い期間でご支持いただけているのは、最先端な技術サービス提供力と人間力。社員の成長の総和が、組織の成長であると考えています。だからこそ、当社では成長したい社員をしっかりとバックアップする体制を整えています。社内研修セミナーや外部講師を招いた英会話クラス、メーカー主催の技術研修など、希望や必要に応じて受講することができます。もちろん資格取得のための勉強会や受験費用の負担、資格取得奨励一時金などの支援制度もあります。自ら学びたい・成長したいというやる気のある方を応援します。(例)■新人研修、営業研修、英会話■資格取得支援(自己申告後、会社が承諾した場合会社が費用負担)

会社データ

事業内容 ビル・工場用設備機器、産業機械用装置、計装・計測機器等の販売。
商品販売だけではなくソリューション提案も行い、お客様とメーカーをつなぐ役割を担います。
設立 1921(大正10)年12月
資本金 1億5,062万円)
従業員数 80名(2018年3月期)
売上高 50億7,100万円(2018年3月期)
代表者 橋本博文
業績 2018年3月期 売上高:50億7,100万円、経常利益:1億2,500万円
2017年3月期 売上高:57億5,700万円、経常利益:2億3,500万円
2016年3月期 売上高:59億4,400万円、経常利益:2億5,200万円
事業所 本 社/長崎市
支 店/福岡市
東京オフィス/品川区
主な取引先 三菱日立パワーシステムズ(株)
三菱重工業(株)
三菱電機(株)
(株)九電工
長崎県・県下各庁・局・土木事務所
県下各市町村公庁
沿革 1872年 3月 橋本雄造は長崎市江戸町に金物商として中津屋橋本商店を創業し、洋鉄・洋釘・船具および機械類の輸入、古鉄類の売買、船舶の解体等を行う。

1897年 4月 現在の場所に事務所を移すとともに名称を橋本商会と変更し、橋本辰二郎が2代目社長を継承する。

1912年 トロール漁船3隻により水産業にも進出。
1914年 第一次大戦勃発と同時に、神戸市明石町を本社とする福洋汽船(株)を設立し、海運業に進出する。(大黒山丸9,000トン・大日山丸9,000トン・遠加丸10,000トン・茂木丸9,000トン)

1921年12月 橋本行正が3代目社長に就任する。 組織改革を行い、橋本商店より(株)橋本商会(資本金50万円)とし、取扱品目を工業用資材・土建用資材等にひろげ、その販路も拡大する。

1939年11月 古鉄部門の業務拡張(朝鮮・台湾方面よりの屑鉄輸入等)にともない同部門を(株)橋本商会から、別会社として分離独立させ、(株)橋本商会古鉄部(資本金195,000円 社長/橋本和太八)として発足させる。

1945年 1月 販売部門のほかに鉄材の鍛造機械部品の加工・製造部門として橋本商会鉄工部を新設する。

1956年11月 (株)橋本商会古鉄部は鋼材および新商品の成長につれて取扱品目が多角化したため、社名を橋本商事(株)(資本金3,000万円)に変更する。
(株)橋本商会も遂年発展して資本金600万円となり営業活動は関西・関東におよぶ。

1957年10月 業務内容の競合回避と経営効率化のため、橋本商事(株)が(株)橋本商会を合併して、新生(株)橋本商会(資本金3,600万円 社長/橋本和太八)となる。

1968年 4月 システム販売の充実を計るため、一般機械、電子応用装置の開発設計および製作を目的として(株)中央技研を設立。

1976年 2月 資本金を1億400万円に増資する。

    6月 タイヤの販売および修理を営業とする橋本産業(有)を設立。その後設備の増設に伴い駐車場を経営。

    11月 損害保険代理業を分離して橋本総業(株)として発足。その後営業品目を拡大し、金融業、産業建設機械器具および車両のリース業ならびに古物商を経営。

1978年 7月 造園業の需要増加に対処するため、橋本緑化産業(株)を設立し、橋本ビル(株)の緑化事業を継承させるとともに緑化コンサルティング業、樹木・花木・果実の栽培等にも事業を展開する。

1982年 9月 (有)橋本技研を(株)中央技研と社名変更するとともに、組織を強化し研究開発の一層の充実をはかる。

1986年 7月 システム営業強化のため、電力通信、電源装置、自動制御装置等の設計・製作および施工を目的として(有)青友電気を傘下にする。

1989年 3月 店装業大手の(株)船場との共同出資により橋本商会第三ビルに、(株)ナガサキ船場を設立。

1990年12月 自動化機器・省力化機器の組立能力強化のため、諌早市津久葉町の工業団地に諌早工場を新設。

1999年10月 青友電気と時津製造部を合併して(有)ピーエヌ機電を設立。

2005年 4月 開発営業部を新設する。

    6月 資本金を1億5,000万円に増資する。

2006年 4月 橋本博文が6代目社長に、橋本寛が会長に就任する。

2007年11月 ISO14001(環境マネジメントシステム)を認証取得する。

2012年 4月 企画推進部を新設。

2014年 4月 東京オフィスを開設。

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