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特集003|これだからモノづくりはやめられない。

仕事を楽しむ最大のコツ?人から課題をもらうんじゃなく自分で課題を見つけることさ。 JFEスチール株式会社 西日本製鉄所(倉敷地区) 設備部 開発・設計室長 田中伸治

INTRODUCTION
ロサンゼルスから東へ100kmほど行ったところにあるフォンタナ。真夏には38℃を超えることもあるこの町に、JFEスチールの米国子会社である製鉄所・カリフォルニアスチールインダストリー(CSI)がある。田中は35歳になる誕生月の2001年7月から、この製鉄所の熱間圧延工場へ保全マネージャーとして赴任することになった。しかし田中がマネージメントを任された組織のメンバーは、約60名中日本人はゼロ。自らの英語力も自信ゼロ。完全アウェー状態でフォンタナへ乗り込むが、彼にはマネージャーとしての任務の遂行と共に、伝えたい思いがあった。願いは叶うのか?

真の改善はカネでは買えぬ。

「それにしてもみんなデカいな! まるでプロレスラーみたいだ」2001年7月。米国子会社の製鉄所・CSIに着いた初日、私は熱間圧延工場の機械・電気設備チームのメンバーたちと会った。握手。ハグ。しかし彼らの目は笑っていなかった。彼らからすれば、私は日本の親会社から送り込まれた監視役と見えるのだろう。私の任務は、約60名の組織のマネージャーとして工場の稼働率を上げ、生産量を増やすことだった。CSIは、約半年前に大きな投資をして新しい設備を入れるリフレッシュ工事をしていた。しかし真の改善はおカネで買えるものではない。現場の人間の意識次第では、どんなに優れた設備も宝の持ち腐れになってしまう。こんな話を彼らにしたいと思うのだが……それって英語でどう言えばいい?

1匹1匹、亀をひっくり返せ?

工場設備のトラブルが起こるたびに、私の携帯が鳴った。しかし私にはメンバーが話す内容がまったく聞き取れない。トラブルが起きていることは分かる。だが、何がどうトラブッているのかが分からない。となれば、私はそのときどこにいようとも、とにかく現場へ行くしかない。会社にいるときはもちろん、夜中でも、休日でも、携帯が鳴ったら現場へ急ぐことが私のパターンになった。そしてこれを半年程貫いてゆくうちに、思わぬ効果が生まれ出した。現場で一緒にグリースまみれになってトラブルと対峙する私の姿勢が彼らの心を打ったらしい。ロッキーという、私よりもはるかに年長の現場のリーダーがいる。彼が後日言っていた。「ああやっていつも現場に来る日本人には初めて会った。あんたとはうまくやっていけると思ったぜ」さらに、赴任約1年後には私の英語力も上がってきた。やっと言葉によるコミュニケーションもできる。「なあ、みんな。何かの装置やパーツが壊れたとき、新品と取り換えてスクラップボックスへ捨ててはいないか? それじゃただの対処だぞ。その壊れたやつをひっくり返して裏側から見てみたり、バラして中をチェックするんだ。そうすれば壊れた原因が分かって、次に似たようなトラブルが起こるのを防げるかもしれない。大切なのは……」 私はみんなの顔を見上げた。こいつら分かっているのかな?「……ターン・オーバー・エブリ・タートルの精神だ!」 彼らがいつも巨体を揺らして亀のようにノソノソと歩くイメージと、伝えたい内容とが混じり合い、"1匹1匹、亀をひっくり返せ"と言ってしまった。何だか少し意味不明? 要は、1つ1つの事象をあらゆる角度から見て自分で問題を見つけてテーマ化しなさい、それこそが保全という仕事の本当の面白さなんだよということを伝えたかったのだが……

試練の年。そしてV字回復へ。

赴任2年目の2002年は試練の年になった。重量級のトラブルが続発したのだ。例えばスピンドルのトラブル。圧延機では、スラブと呼ばれる鋼板を2つのロールで挟み込んで送り出してゆく。このロールをモーターで駆動するきわめて重要な装置をスピンドルという。これが折れる現象が頻発した。折れたスピンドルを徹夜がかりで取り替えても、数日後にまた同じところが折れる。再度取り替えても、また数日後に同じように折れる。「神の怒りだ……」ロッキーが真顔でそう言った。しかし、同じところが同じ日数間隔で折れるということは、必ず然るべき原因がある。メンバー全員が一致団結してさまざまな観点から調査を重ねた結果、私が赴任する半年前に行われたリフレッシュ工事による影響であることが判明した。操業条件が変わっていたために圧延機にかかる荷重が増大し、スピンドルの強度を2倍に上げなければもたない状況になっていたのだ。しかし原因を究明できれば対応はできる。私たちは無事に神の怒りを鎮めることができた。2003年以降は、状況は一気に好転していった。設備故障の減少により生産量の新記録を続々と更新。収益も驚異的に上がってゆく。しかし私が最も嬉しかったのは、メンバーたちの意識の変化だった。「オレは昨日のトラブルの原因はこれだと思うんだが、ボスはどう思う?」「この設備にこんな問題点を感じているんだが、何かいいアドバイスをくれないか」 彼らは自分で課題を発掘して、周囲に働きかけるようになっていた。

一生、大切にします。

別れのときが来た。私は2004年10月に日本へ帰国することが決定。その数週間前、みんなが送別会を開いてくれた。ゲイリーという電気設備部門のリーダーが私の前へ歩み出た。「ボス、これ、みんなからのプレゼントだ」 何やら大きなポスターだった。開いてみる。60人全員の顔が、モンタージュ写真となって一面にレイアウトされていた。「オレからもあるぜ」 ロッキーだった。「とってもスペシャルなやつがな」 いささか無骨な感じがする手づくりの木製の額縁の中に、折れたスピンドルのミニチュア版が収められていた。額には"To SHINJI"と書いてある。そして。そしてだ。もう一行、文が書き込まれていた。"Turn over every turtle !"。ロッキーが、ニヤッとしながらウインクをした。

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