根っからの映画好きが念願通りに映画会社に入社。そして、映画作品の宣伝を手がけることになった。…と聞けば、多くの人が「華やかな世界に入れてうらやましい」と思うだろう。
しかし、片岡さんは違った。異動が決まったとき、むしろ呆然としてしまったのだという。
「忙しくて大変だという話を先輩から聞いていたし、過酷な仕事もタフにこなす人ばかりだと。“僕なんかに務まるわけがない!”と思いました」
入社直後の配属先は、事業部事業推進室。映画関連グッズのモバイル通販の運営全般や、グッズ企画のアイディア出しなどを担当し、比較的マイペースで働ける部署であった。
「穏やかな部署から異動しただけに、当初は“あのなかでやっていけるのか”という不安を感じていましたね(笑)。もちろん、“宣伝が良くなければ映画もヒットしない”という意気込みはありましたが、とにかくついていくだけで必死の毎日でしたよ」
映画宣伝の仕事は、大きく分ければ3種類ある。まず、出版社やTV局、ラジオ局、映画ライターなどにコンタクトを取り、媒体で取り上げてもらうための売り込みをする「パブリシティ活動」。宣伝業務の責任者として作品の宣伝方針を決め、ターゲットの設定、ポスターや予告編の作成、出演者による宣伝活動の調整、映画の製作委員会の出資各社や監督、製作プロデューサーなど関係者での取りまとめなどを手がける「宣伝プロデューサー」。そして、宣伝プロデューサーの補佐をし、雑務一切を引き受ける「アシスタントプロデューサー」だ。
「最初のうちはいくつかの作品の手伝いをして雑務を覚えていきましたが、ひとつの壁を越えられたのは異動して半年後のこと。『子ぎつねヘレン』の宣伝を経験してからですね」
片岡さんにとって、パブリシストとして最初から最後までがっちりと手がける初めての作品。公開前のパブリシティ担当は4人だったが、公開後にはチームは解散し、宣伝プロデューサーと片岡さんのみ。大ヒット御礼のイベントもほぼ1人で現場を仕切ることになったのだ。
「イベント内容は、有名アスリートによる絵本の読み聞かせ会。教えてくれる人や確認作業をしてくれる人がいなくなり、“全部を1人でやらなくちゃいけないのか”と焦りました。そのうえ、10日後位に開催したいと思っていたのですが、事務所から突然電話があり、“アスリートの都合が3日後なら空いているのだが”と。“えーっ!”と大慌て(笑)。会場の手配や調整はもちろん、人手が足りないからマスコミを呼び込む電話もほぼひとりでかけました。尋常じゃない忙しさにもうムリだと思うこともありました」
何とか乗り越えられたのは一緒に働いていた宣伝プロデューサーの「やればできる」のひと言があったからだという。
「この宣伝プロデューサー自身がムチャクチャに働く人で、僕の何倍も働いているデキル人なんですよ。そんな人に“大丈夫。できるから”と言われれば、やるしかないでしょ! 限界を乗り越えて頑張った結果、イベントは大盛況でマスコミもたくさん集めることができた。やればやれるもんなんだな、という達成感を得られましたね。自分で考えて動けるようになり、自立心が芽生えたのもこの頃です」
そしてこの1年後、片岡さんは最高の作品に出合い、初めて宣伝プロデューサーとなる。